「茶帯=黒帯代行」
「黒帯の先生が何かの都合によりお休みとなる場合、
指導を1から組み立てられる。
代わりとなれるのが「茶帯」です。」
これは、地区本部長であるY教士の審査会での言葉です。
とはいえ、2時間半の稽古です。
小・中学生にはなかなか難しく、
私個人としては、成人した大学生からが
やはり安心してお任せできると感じております。
当会の茶帯は、大学受験真っ只中の高校生。
それから、小学生です。
そこで白羽の矢が立ったのが、支部長の同期の桜。
大学生のお兄さん(歴10年)でした。
今の子どもたちは、今は無垢な子どもです。
ですが、こうして数年後には「成人」となります。
空手のみならず、いろいろな場所・人間関係での経験を通して、
大人になっていき、社会に出ます。
教育機関での勉強と、任意の短期留学等での経験、インターンシップ、
アルバイト。
それ以外の、この「一人で前に立つ」というスキルというのは、
私がずっと注目している空手道独特の経験値です。
一斉指導で4才~社会人の大人の方(それも管理職世代)を対象に、
稽古を組み立てて進める。
普通に考えて、異年齢の幅の広さだけでも大変なことです。
だけれど、それを一つにまとめる。
その根幹は、全員が共通する理念としての「空手道」です。
指導を受ける側の練習生にとっては、
普段と違う課題でもあります。
前に立つ人が変わって崩れるなら、
それは「心に先生がいないから」。
自分の先生は「自分」。
お父さん・お母さんでもなく、
「自分が一番の先生」。
今日、黒帯不在で初めて稽古を引き受けてくれた茶帯のお兄さんは、
やはり昔、小学生でした。(当たり前だけど)
『みんなに伝えたいこと』
指導の中に、それがあったかと思います。
それが「ある」か「ない」か。
そこが「先生」に近いか、遠いかの違い。
「有段者」になる必要があるか無いか、
それくらいの違いかと思います。
何も伝えることがなく、
何も理念がなく前に立つ。
だとしたら、紫帯で十分だと個人的には思います。
自分は前で指導をする立場にあらず。
だから、ここにいるみんなで協力して、
稽古を、場所を、組み立てていくことをしていきましょう。
後半はそれが上手くいくようになってきて、
実際に年齢は僕には分からないけれど、
きっと大きいと思われる子たちが、
それよりも小さな子たちのことをよく見て声掛けして、
そして成り立つようになってきました。
その行為というのは「やさしさ」であり、
空手にはそういう心が大切なのだと、
彼はみんなに伝えていたと思います。
みんながあと数年後。
どこかで一人、
前に立ったとき、
どんなことを伝えていきたいか。
空手をしているかどうかは分かりませんが…
そういう機会が訪れたときに、
思い出すひと場面となってほしいと思います。
龍生くん、
代行指導、ありがとうございました。
本当に助かりました!! 心より感謝!!!!
そして、練習生の皆さん、保護者の皆さま、
5年間で初めてのお休みでしたが、
実子のことを大事にするためにも必要なお休みでした。
おかげさまで前にまた一歩進みそうです。
本日もありがとうございました。
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